時代を超えて [経営]

アベノミクスの影響で株価は上がり、円は100円を超えるかどうかをうかがい、内閣支持率は高止まりしています。しかし、実体経済では円安の影響が、受注増ではなく電気代やガソリン代の値上げ、さらには仕入れ原材料の値上げとマイナスのほうから影響しだしています。そして安倍政権では、益々増え続ける社会保障費の増大を抑えるために、企業の定年延長をかがけていますが、そうなれば、インフレ率2%が達成され、景気が回復してきても、企業は非正規雇用を増やすだけで、若者の正規採用就職率は上昇しないのではないかとも言われます。そうなれば企業の活力低下は否めないでしょう。

 弊社が協力している「八百屋マン・マーケット」と言う取り組みは、発達障害や学習障害を持っていて就労困難な若者が、この移動式野菜果物販売を通じて就労訓練をしようという取り組みです。この活動をやりだして足掛け4年になりますが、多くのそういった若者はほぼ全員と言っていいほどコミュニュケーションが苦手です。人より早くは出来ませんが、誰よりもまじめで一生懸命です。ただ段取りが悪かったり、飲み込みが遅かったりするだけです。彼らはアベノミクスが実践された社会で働く場があるのでしょうか。彼らの働く場に競争原理はそぐわないような気がします。一昔前なら、人としゃべらなかっても、もくもくとラインに流れてくる部品を組み立てているだけでよかったり、親父と一緒に狭い作業場でこつこつ仕事をする場がありました。それが人件費削減のためにロボットに置き換わったり、機械に代われない部分は人件費の安い海外に移転され、挙句の果てに親父と2人でやっていた仕事すらなくなってしまいました。時代の流れで仕方が無い、生き残るためにはやむおえない、競争に勝つためにはそうしなければならないのでしょうか。その一言で済ませていいのでしょうか。彼ら、彼女らと接していると本当に幸せな日本に向かっているのかと疑問を持たざるを得ません。一昔前に戻ろうと言っているのではありません。時間はもう戻りません。いくら今円安に振れても、いったん移した海外の工場を閉めて国内に帰ってはきません。そういった若者も一緒に働ける就労の場、事業領域を新しく作り出すしかないのです。その新たな事業領域を作り出すときの判断基準は、「共に働く人たちの幸せにつながるのか、お客様が本当に必要とするもの・サービスなのか、そして世のためになるのか」です。長くダラーとしたデフレ不況に慣れてきたところに、急に株価が上がり、円安になりちょっぴり浮かれたマインドになっています。政権が変わり、時代も変わったのでしょうか、それとも時代が違うのでしょうか。時代が変わったとしても、時代を超えて変わらない企業の判断基準は歴然と存在します。人としての判断基準が。

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